手術を行う時には、少なからず痛みや出血、心身のストレスなどを伴います。麻酔をすることで手術の痛みを抑えることができますが、同時に血圧の低下や心拍の異常、呼吸状態の変化など好ましくない状態になることもあります。麻酔科医は、麻酔を通して安全に手術を行い体への影響が最小限になるように、手術前から手術後まで、患者さんの全身状態を良好に維持・管理しています。
■ 手術前
麻酔による身体の変化に備え、手術前に採血やレントゲン、心電図、呼吸機能の検査、心臓のエコー検査などの検査をしたり、持病や薬の服用状況などの確認をします。
麻酔方法や合併症などについて説明をします。また、手術中に起こりうる状況を予想し、対応するための薬剤や器具を準備します。特殊な症例は医師や看護師らと相談して手術に備えます。
■ 手術中
手術室に入室後、心電図・血圧測定のモニターや点滴、気道確保のチューブなど身体の観察に必要な装置を装着します。これらの準備が整ったら患者さん、看護師、執刀医らと氏名や手術部位の確認をし、その後、麻酔を開始します。
手術中はモニターを用いて、呼吸、血圧、心拍数、体温など全身状態を観察し、輸液や薬剤投与、必要時応じて輸血を行います。以下に挙げた内容の管理がメインとなります。
〈呼吸管理〉
全身麻酔の場合、麻酔器(人工呼吸器)を用いた管理を行います。そのため空気の通り道となるチューブを口腔内や気管内に挿入し、患者さんの呼吸の調節を行います。
〈循環管理〉
麻酔で眠っていても防衛本能があるため、手術による刺激で心拍数や血圧が急激に上昇するといった反応が見られます。降圧剤や昇圧剤を使い、循環が安定した状態を保ちます。
〈疼痛管理〉
麻酔薬・鎮痛薬などを痛みの程度により調整します。
■ 手術後
概ね当日や翌日に、ベッドサイドで痛みの程度、麻酔による合併症が起こっていないか、吐き気や喉の痛みがないかなど確認します。痛みの程度により麻酔薬の内容を変更する、痛み止めを追加する、麻酔が原因で気持ちが悪い場合は麻酔を弱めるなど適宜調整をします。
人工膝関節全置換術(TKA)、人工股関節全置換術(THA)は、検査結果上で問題なければ「 硬膜外麻酔 + 全身麻酔 」を選択しています。血液をさらさらにする薬を飲んでいる方や合併症が多い方はその他の麻酔方法を検討します、また、手術部位や患者さんの全身状態に応じて、全身麻酔と神経ブロック麻酔を併用するなど、適切な麻酔を選択しています。
手術室に入室し、モニター装着や硬膜外麻酔に15〜30分、その後全身麻酔を導入し、手術の準備(消毒など)まで30分〜1時間程度です。手術時間は、人工膝関節全置換術で1時間半、人工股関節全置換術で1時間弱です。
硬膜外麻酔は、脊柱(背骨)の中にある脊髄の近くに特殊な針を刺し、直径1mm程度の細い管(カテーテル)を入れて麻酔薬を注入する麻酔方法です。この管を通して局所麻酔薬などを注入することで、手術中だけでなく、手術後の痛みを抑えることができます。手術後は、人工股関節全置換術は1日、人工膝関節全置換術は3日程度、専用のボトルを用いて持続的に麻酔薬が注入され、痛みが生じないようコントロールします。
硬膜外麻酔の針はやや太いですが、局所麻酔薬でしっかり麻酔を行うため、ほどんど痛みは感じません。
“ 自分は主役にならない。 手術中に麻酔科医が活躍せずに済むように、事前にしっかり準備をする。手術中も常に今後起こりうる事態を想定し、何が起きても慌てずに対処できるようにしておく。”
麻酔科医が手術中に忙しく活躍するということは、患者さんにとって何か悪いことが起こっているということ。そのような状態を避けるべく、麻酔科医は患者さんが手術室に入ってから手術が終わって手術室を出ていくまで、全身管理を行います。
手術前から手術後の全ての時期において、不安や苦痛をできる限り取り除き、安心して手術を受けていただけるように尽力しています。手術室の中で起こっている全てのことを把握して、常に自分でも対処できるように心がけています。
麻酔科医 倉住 拓弥 / 田中 雅輝